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[千切れた毛糸だってあなたと逢えた証だから] recorded,mixed,mastered : recording area FUNNEL (KAZZ)
作詞:熊谷清虎
作曲:熊谷清虎
しとしとと春の雨が降っている。 私は部屋の窓からその雨をみつめていた。まるで勿忘草の青の花弁が降るようだと思った。 手の中にある青の毛糸と鉤針をテーブルの上に置き、私は頬杖をつきながら花弁をみつめる。ちらちらと、この世界に降り注ぎ、地面を青く染めていく。私の心もそのまま染めて、消し去ってくれたら楽なのに。なんて、そんなことを考えながら、解けかかっている髪留めをぱちりとはずした。 青い花が彫られている髪飾り。指で撫でると、擦り切れてなめらかになった凹凸の感触。私はその髪飾りに口づけをひとつ、落とした。私の誕生日にあなたがくれたそれは私の大切な宝物。この世界であなたと私をつなぐたったひとつのきらめき。 すんと鼻を鳴らしながら、私はもう一度鉤針と青の毛糸を膝の上にのせて、もくもくと編み始める。四月のあなたの誕生日に私がプレゼントする、春にでも着れる薄い青のセーター。私の髪飾りと同じ色のそれ。二ヶ月前に編み始めたそのセーターはあともう少しで完成しようとしている——でも、それを受け取って笑うあなたのいる四月は永遠にこない。もう、永遠に、ずっと。 翌日、雨で濡れてつやつやと光る草木を眺めながら、私は水辺に向かう。あなたがここが好きだといったその河辺に、しゃがみこむと私は完成した青色のセーターをひろげた。 「——ねえ、みて。あなたのプレゼントしてくれた髪飾りと同じ色なの」 声はかえってこない。あなたの笑顔もどこにもない。セーターに触れる大きな骨ばった指も、なにもない。水面にもあなたはうつることはない、もう永遠に。 水面にうつるのは涙でぐしゃぐしゃの私だけ、ただそれだけ。 私は両手で自分の顔を覆った。真っ暗闇の中であなたが私の名前を呼んだ気がした。いっそ、このまま水面の向こう側にとびこんでしまえば、私はあなたに逢えるだろうか。勿忘草の花言葉をあなたは知っているだろうか。私は知っている。私をわすれないで。私はあなたのことを忘れない。どうか——あなたも、私のことを、どうか。どうか。 まぶたの裏で笑うあなたは私の頰をそっと撫でると、ひどく優しい瞳で私をみつめた。あなたの呼吸が、たしかにそこにあった。柔らかくあたたかな唇は私の指先にそっと落とされる。なにも言葉がなくても、あなたの唇から愛が伝わってくるような気がした。あなたの愛に溺れる私をあなたは今どんな顔で見ているのだろう。 「どうか、こんな私を忘れないでいて……」 背中にじんわりと灯る熱い温度。その柔らかな優しい温度は私を水辺からそっと離す。あなたによく似たその温度にまた涙がじわりと溢れ出す。ああ、好きだ。好きで、好きで、ただそれだけで。でも、その言葉があなたに伝わることはない。もうあなたはいない。 泣き腫らした瞳をごしごしとこすりながら、私はそっと空を見上げる。なんて、青く美しい空だろう。まるで、髪飾りのように、綺麗な色をしている。 私は水辺からそっと立ち上がると、空の色したセーターの結び目をほどいた。あれだけ苦労して編んだセーターは一本ぴっと引っ張っただけで、するすると解けていく。とても、簡単に。こんなふうに簡単に私のあなたへの思いも解くことができたら楽なのに。 「ああ、どうか……この糸がぜんぶ解けるまではあなたのことをすきでいさせて、忘れられはしないけれど、でもあなたが望むのならば、私この世界を生きていくわ。あなたのいない、このさみしい世界を——だから、もう大丈夫よ、私は大丈夫」 自分に言い聞かせるようにそうつぶやく。足元には勿忘草が咲いている。青い花は誇らしげに私をみて咲いていて、私はそれをじっとみつめていた。また涙が溢れ出しそうになるから、空を向く。こうしていれば、涙は流れないよって教えてくれたのは、あなただった。このほどけた糸を天までひろげれば、糸はきっとあなたに届くだろう。そうしたら、私は愛してるよとさよならを伝えることにしよう。 ねえ、だから、あともう少しだけ、あなたのことを好きでいさせて。いとしく、穏やかで心地の良い四月の空気とさよならするために。私が前を向いて歩いていくために。
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