東京・国分寺発のオルタナティブロックバンド、pulse。バンドのオフィシャルXへの初投稿が2025年12月。「東京都国分寺発スリーピースロックバンドです!ライブのお誘いお待ちしております!」というコメントとともに、メンバー3人が映った写真をポストしている。またほぼ同じタイミングでオリジナル曲のライブ&リリック動画を投稿しており、遅くとも2025年には活動を開始していたと考察できる。
2026年1月31日にEggsで初音源となる「ムーンライト」を発表。同曲を2月に各サブスクリプション音楽配信サービスで配信スタートしている。3月17日には、新曲「中央線」をEggs内のみで配信をスタートさせた。
初音源の「ムーンライト」は衝動をそのまま放出したような荒々しいアップチューンだったが、本稿で紹介する「中央線」ではまったく異なる色を見せている。テンポも遅くなく疾走感もあるが、ビートやバンドアンサンブルも前作よりも洗練されており、サウンドアプローチの幅の広さを感じさせる。音数を増やさず、配置と空白でサウンドの動きを設計しており、均質なリズムの中にわずかな歪みを差し込んでいる。また、後半へ向かうダイナミクスは、あえて最大値まで振り切らず、抑制された感触を持ちながら推移することで、洗練された印象を保ちながら、音の密度と抜き差しによって緊張を宿している。
「ムーンライト」とサウンド以上に異なる表情を見せるのがボーカルの歌声だ。「ムーンライト」では、喉をやや閉鎖気味にした摩擦感のある発声、ロック文脈の王道としてあえて濁りを混ぜた発音など、終始エネルギーを振り絞るアプローチが印象に残ったが、「中央線」では、発音と声量を丁寧にコントロールしている。語尾や子音の処理にわずかなニュアンスを乗せることで、言葉が空間に溶け切らず、輪郭を保ったまま残る。歌声がトラックと同じレイヤーに留まりながら、時間の流れに微細な揺れを与える役割を担っている。
事実は物語にならない――状態として積み重なる日常の断片
歌詞について。「街灯の下」「誰もいない公園」「ブランコを漕いだ」といった断片的な光景を切り出し、それらを接続することで時間の流れを形成している。出来事の因果ではなく、視覚的な断片の連なりによって現在が構成されることで、何かを把握する前に過ぎ去っていく“感覚”が浮かび上がる。
日常の消失を特別な出来事としてではなく、ひとつの状態として描いている点にも注目したい。たとえば〈毎日は飄々と現れて/気づいたらいなくなってる〉というフレーズ。「飄々と現れて」は日々が実感を伴わず立ち上がる感覚を示し、「気づいたらいなくなってる」と続くことで、その輪郭が認識される前に消えていく構造が浮かび上がる。そこに強い喪失の感情は付随せず、淡々とした記述に留められることで、この楽曲は日常の消失を持続する状態として描き出している。
文・伊藤亜希
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