低音域の安定感と感情を落とし込んだ技術ーー スランプガール「花の子」を牽引する、さとうゆうきの歌声

低音域の安定感と感情を落とし込んだ技術ーー スランプガール「花の子」を牽引する、さとうゆうきの歌声

2026/05/20

既にインディーズシーンで存在感を発揮しているスランプガール。Spotify O-Crestで主催イベントを開催するなど、ライブハウスシーンの中で着実に支持を広げているバンドだ。そんな彼らが昨年デジタルリリースしたシングル「花の子」が、このたびEggsでも配信をスタートした。若さゆえの閉塞感や倦怠、行き場のない感情を題材にしながらも、繊細な温度差を持ったギターロックとして成立させているのが、この楽曲の大きな特徴である。

メンバーのさとうゆうき(vo./gt.)のnoteによれば、「花の子」は、構成、コード進行、ギターフレーズなど、楽曲の土台となる部分をベースの小鍋纏が制作し、その上にさとうが歌メロと歌詞を乗せていったそうだ。「花の子」は、イントロのバンドアンサンブルから鮮やかなストーリー性を見せる、アップチューン。リズムは疾走感一辺倒ではなく、熱量を細かく上昇させながらサビへ向かうまでの余白を丁寧に残している。この布石がサビの個性につながる。開放感と切迫感を同時に醸し出しているのだ。このスキルと経験を存分に活かしながらも、決して難しくならず、かといってもシンプル過ぎないバンドアレンジが、「花の子」を単なるエモーショナルなギターロックから一段引き上げ、スランプガール独自のギターロックへと昇華している。

そして楽曲を牽引するのは、やはりボーカル・さとうゆうきの歌声だ。まず特筆したいのは、歌い出しの低音域の安定感である。声の重心を低く保ちながら、<何度目かな>の「な」の母音のトーンでは、音程を揺らす。低音域でも言葉がこもらず、はっきりと抑揚がわかる。音域が高音に移行していく中、フックになるようなファルセットを挟み込み、聴く者の耳を捉えて離さない手腕も見事。さとうのボーカルには、音程を真っ直ぐ打ち抜くのではなく、少し“溜め”を作るような歌い回しがある。その独特な粘度が、どこか民謡的な響きを感じさせる。この無二の個性をしっかり使いながらも、メロディーに合わせて軽やかさを残しているスキルにも驚く。レンジも広く、サビでは一気に高音域へ踏み込み、声を張り上げるが、完全なシャウトには振り切らず、ギリギリのところでメロディーを保ち続けている。そのため、歌としての輪郭と感情の暴発が同時に成立している。さらに、語尾の抜き方やブレスの混ぜ方にも細かなニュアンスがあり、感情を結果として技術へ落とし込めている点も見逃せない。 

“生きづらさ”を綴った歌詞――聴き手に自分自身を振り返る時間を生む 

 歌詞もまた、この楽曲の重要な核だ。<死なないように吸う酸素>という冒頭から見えるのは、“生きたい”ではなく、“死なないために生きている”という倦怠感である。また、<背中を押すより手を繋いでいて欲しい><君のその両手 差し伸べないで抱き締めて>という歌詞からは、単純な救済ではなく、 他者との距離感が描かれている。“生きにくさ”を題材にした楽曲は多い。しかし「花の子」が際立っているのは、その感情を単なる叫びへ変換せず、停滞した状態として表現しているところにある。だからこそ、この楽曲には、聴き終えた後に、聴いた者が自分自身を振り返る時間を生み出しているのだ。  

文・伊藤亜希 


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