Text:中村圭汰
Photo:ゆうばひかり
4月22日(日)に渋谷HOMEで開催されたイベント「tossed coin」
2度目の開催となる今回のイベントも、個性豊かなアーティストが揃う。美しくも人間くさい、この渋谷の街にぴったりの音楽を5組のアーティストが丁寧に届けてくれた。
このイベントの口火を切ったのはBearwear。「ゆったりいきましょう」とゆるいMCから“e.g.”が始まる。脱力感のあるサウンドと、どこか懐かしさを感じるメロディーラインは叙情的に胸を打つ。彼らは1曲目からから惜しげも無くキラーチューンを投下した。続く“Letters”はシンプルな進行ながら、平熱で歌うVo.Kazmaが心の奥深くで沸き立つ感情を曲に詰め込んだエモーショナルなナンバー。ポストロック直系のギターサウンドが象徴的な彼らのサウンドは、American footballやEnemiesといった海外のポストロックを新しい解釈で表現する。小綺麗にまとまりすぎていない荒削りの部分からは、今の彼らだからこそ鳴らすことのできるエネルギーを感じた。
音源で聴く彼らの印象は洗練された都会的なサウンドだ。しかし、彼らのライブを体験すると『都会的なサウンド』という言葉はあまりにも平易であることに気付く。都会的な印象に『エモーショナルな青春』を上塗りしていくようなライブは、若き感性で捉えた繊細な感情が渦巻いていた。そこにある青春は淡い思いでも、甘酸っぱい気持ちでもない。何かを渇望し、満ち足りた中に何かを探す、行き場のない喪失感を抱えながら力強く彷徨う。
月日を重ねることで、彼らの持つ良い意味での「青さ」や「荒っぽさ」は、どう変化していくのだろうか。未来への期待感と、若き日の喪失感を実像として残し、ステージを後にした。
☆Break(LIVE @2018.04.22 shibuya HOME)
優しく響くピアノの音色からプロローグのような幕開けは“センセーショナル”。サビで「伝えたいことなんてない」と歌うこの曲を、敢えてライブの頭に持ってきた意図はどこにあるのか。早々に想像力が掻き立てられた。続く“ロンリーガール”では、Vo.井上が指揮者のように全身を使って楽曲を操る。弾むリズムの中にもストレートな賛美歌は鳴らさない。拳を突き上げるのではなく、静かに握りしめるその手に希望を差し出してくれるのが彼女たちのやり方のようだ。
息つく間もなく繰り出される楽曲。言葉一つひとつにきちんと心を宿すライブに、あえて語る言葉は必要なかった。痛みすら伴う愛を感情の淵で歌う“496km”は、澄み切ったVo.井上の声で歌詞の純度を高めていく。
ENTHRALLSは私たちが目を背け過ごすあらゆる悩みや葛藤を痛いほど真っ直ぐに言葉にしてくれた。そこには「伝える」という一方向の働きかけではなく、共に胸を内を明かすことで生まれる共鳴を求めるように。背中を押す前向きな言葉ではなく、並列で歩いていく音楽。ここになら抱え込んだ悩みを打ち明けてもいいような気がした。
☆きょうはうまく眠れない(LIVE @2018.04.22 shibuya HOME)
「投げ銭とは何か、それはつまりお金を下さいということです。」HONEBONEはライブ冒頭からお金の話を切り出す。続けて、「もしお金払いたくないっていう人がいたら、その人たちに向けて歌います」と“冷たい人間”へ。完璧な掴みから始まったこの曲は、Vo.EMILYの圧倒的歌唱力とストレートな歌詞で心のど真ん中に突き刺さる。
再び口を開くと、テンポ良い語り口調でMCを展開。彼女の語る言葉には、嘘偽りのない真っ直ぐな人間性が滲み出ていた。そこに観客はみるみる惹きつけられていく。
底抜けに明るい彼女はそんな和やかな空気の中、声のトーンを少し落とし“スルメイカ”へ。自身が経験したいじめをテーマとしたこの曲は、彼女から湧き出る生々しい言葉をそのまま音に乗せる。繊細なテーマだからこそ、決して綺麗事にすることなく力強く歌い上げた。
彼女たちの歌は総じて題材が暗い。ネガティブな言葉も多様される。続く“生きるの疲れた”では、「生きるの疲れた」と連呼する。しかし、それが成立するのは素直に吐き出したネガティブな言葉の先にある希望を等身大に描いているからだ。
ライブ終盤、「お金ください」というコールでEmilyは自家製の投げ銭箱を持ってフロアを練り歩く。HONEBONEは、最後の最後まで笑えてくるほど真っ直ぐなバンドだ。そして、そこにいやらしさを感じないのは、綺麗事では生きられないこの時代を共に生き抜いていく頼もしさがあるからだろう。骨の髄まで染み込んでいる人間らしさを大胆に届けた夜だった。
☆フリーター(LIVE @2018.04.22 shibuya HOME)
輪郭のぼやけた暗示的なピアノの旋律から、くっきりと浮かび上がるメロディーライン。1曲目に披露された“tiny ritual”は、ピアノロックバンドとしての持ち味を最大限に生かす。「僕らの音楽と一緒にもっと楽しい空間にしましょう。」とVo.ヲクヤマは声高らかに宣言すると、続く「ランデブー」へ。唸るギターサウンドがロックの血潮を通わせつつも、王道的なメロディーがポップな疾走感をもたらした。
ヲクヤマは「ここにしか鳴らない音があるんで。」と興奮気味に話すと、観客のハンドクラップを超え“ピアニッツァ”が始まる。一度耳にするとすぐにでも口ずさめる即効性と親和性を持つこの曲は、「ここにしか鳴らない音」を確かに鳴らしてみせた。それは、使い古しの常套句ではなく、確かなリアリティを持つ生きた言葉として観客に届いた。
chelovek.というバンドは感情を婉曲した言葉と音に変換するのに長けている。悲しみや苦しみ、優しさや憂いも彼らのフィルターを通すとドラマチックな映画のワンシーンに変わる。ラストナンバー「magenta」では、どこを切り取ってもベストシーンのような圧巻のパフォーマンスを見せ、ライブを終えた。脳内で繰り返されるキャッチーなメロディーを置き土産にして。
☆Hallelujah(LIVE @2018.04.22 shibuya HOME)
今回、アコースティックセットでの出演となったEmerald。「1日の終わりをいい感じで締めくくれたらなと思ってやってきました。」とVo.中野が優しく語りかける。煌びやかな音の飛沫を撒き散らすように“Nostalgical Parade”が始まると、素敵な夜の予感が会場を覆った。
“Cryin’ Climbing”の語りかけるような言葉数の多い歌い出しは、そのタイム感が心地よい。言葉を一つひとつ手渡しで届けてくれるようなあたたかさには、日常の延長線上にあるリアルな光を提示してくれた。
「歌えること、それを聴いてくれる人がいて本当に生きていてよかったです。」その言葉は大袈裟な例え話なんかではなく、本能的な感情を的確に表していた。
無邪気に音楽と戯れる彼らの姿は、写し鏡となって観客の表情を晴れやかなものにする。
そんな彼らを目の前にして、小難しい批評や評論は何の意味も持たない。こうしてライブレポートを書きながら、ある種の無力感さえ感じる。それほどEmeraldの音楽には特別な力が備わっていた。彼らがラストナンバーに選んだのは“黎明”。「音楽の遊び仲間」として紹介するサックスプレイヤーまっつんが加わると、完熟した果実のような芳醇なサウンドを目一杯会場に流し込む。最後の音が終わると会場には幸せの鐘が鳴り響き、目の前にある日常が素敵な景色に変わっていた。
☆黎明(LIVE @2018.04.22 shibuya HOME)
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