渋谷宮益坂の裏手に位置するライブハウス、渋谷HOME。その10周年を祝すイベントとして2月11日、Shibuya HOME 10th Anniversary tossed coin ~supported by Eggs~が行われた。
tossed coin、すなわち投げ銭方式を取った今回のイベントはチャージフリーでの開催。出演予定であったEmeraldがメンバーの体調不良によりキャンセルとなるアクシデントがありながらも、アニバーサリーイベントにふさわしく、出演アーティスト4組が奏でる音楽は祝歌のように鳴り響き、多幸感に包まれるライブとなった。
Text:中村圭汰
Photo:塚本弦太
トップバッターを務めたのは若干19歳のエルモア・スコッティーズ。ドラムのカウントから優しく伸びやかなギターサウンドを合図に祝祭の幕は上がった。1曲目の『太陽と月の唄』はメロディーラインから漂う哀愁や懐かしさに、小気味良いカッティングのギターが洗練された印象を与える。Dr./Vo.の岩方の歌声には年齢を感じさせない円熟味と、堂々とした風格があった。「よろしくお願いします。エルモア・スコッティーズです。」簡単な紹介を済ませると、続く2曲目の『サイコパシー』ではジャジーなギターフレーズにBa./Vo.大森が透明感のある澄んだ声で歌う。大人びたサウンドが彼女の声が持つ純度をより一層際立たせ、大人と子供の狭間にある境界線を彷徨うように曲は進んでいった。サビで岩方の声が重なると、曲は叙情的な展開を迎え、声の高低差は切なさを増幅させていく。
幻想的なサウンドから「夜行バスで攻めろ 西へ」という印象的なサビを持つ『西へ』。岩方はダイナミックなサウンドに、若さゆえの荒削りな情熱をぶつけてく。ストレートなメロディーラインは観客を共通項で結び、次の『upside down』ではその結びつきを存分に活かし、フロアに渦巻く感情を踊らせていった。MCを挟み、彼らが最後の曲に選んだ『レモン』は、冒頭のギターが奏でる柔らかな印象をそのままに、包み込むような音を残しステージを後にした。男女のツインボーカルである意味を最大限に生かすように、対照的な印象を持った楽曲の振り幅と、王道的な心地よいメロディーライン。そして楽曲の持つ普遍的な部分に対するアクセントとして効力を発揮する多彩なギターフレーズ。年齢的な前置きを抜きにしても才能を感じずにはいられなかった。
☆upside down(LIVE @2018.02.11 shibuya HOME)
2番手での登場はMoccobond。SEの音が鳴り止むと観客の談笑はピタリと止まり、その一瞬の静寂を切り裂くように『NEOする』を披露。ダンスビートの勢いに任せ踊りを誘うのではなく、単なる一過性の高揚感にならぬよう、丁寧にフロアを温めていく。「Moccobondです。最後までよろしくお願いします。」軸に響くバスドラムの音に煌びやかな電子音が絡まりあったイントロから始まる『スーパーイマジネーション』は、バンドの名刺代わりとなりうる圧倒的なインパクトを持つ楽曲であった。サビでの高揚感とポップ感満載なメロディーは一度耳にすると脳内でひたすらリフレインする中毒性があった。そうかと思えば一転、2番のサビを前に観客の感情の高ぶりを制止するかのように、残響音の響く抽象的な音が会場を埋め尽くす。ひりつくような緊張感が漂う中、待ち焦がれたサビは数分前に聞いたものより遥かに奥行きを増し、空間そのものを拡大させたかのようなスケール感を持っていた。
Ba. Vo. サトウは改めてバンド名を名乗ると、渋谷HOMEの10周年に触れ、祝福の言葉を口にする。そこから、Gt. Syn.Vo. ニシケケは「比較的新しい曲」と紹介し『LOVE ECHO』へと繋ぐ。エレクトロニックな印象を持つこの楽曲も、ど真ん中に響く松川のドラムが肉体的な側面をもたらしていた。「3人でできるようになった曲です」再び口を開いたニシケケは、曲に対する思いを観客に伝えると、大切そうに、何かを壊さぬように『ユウランセン』を紡いだ。大きな決意を宣言するのではなく、少しずつ前に進んでいくイメージを観客と共有していく。そこには希望に満ちた温かな空気が生まれていた。そんな温かい空気を、新曲『ハレーション』は熱気へと変える。真っ直ぐに響く耳馴染みの良いメロディーラインに、どこまでも伸びるサトウの声が疾走感を更に加速させ、ラストナンバー『未来に狂う』では、その加速させた勢いそのままに最後まで走り抜けていった。
☆未来に狂う(LIVE @2018.02.11 shibuya HOME)
「お待たせしましたshowmoreです。楽しんでいきましょう。」Vo.根津は鮮やかなオレンジ色のドレスを身に纏い、落ち着いた柔らかな声で観客に語りかける。彼女の発する声にはムードを作り出す不思議な力があった。フロアは一気に大人の色気に包まれ、そのムードのまま新曲『1mm』、『smoke』と立て続けに2曲を披露。ジャズのエッセンスを含みながらも、そこにポップスとしてのタフさがあることで、聴き手に対し壁を作らず、寄り添うような近い距離感を感じさせる。「ありがとう」と観客へ感謝の言葉を口にすると、滑らかなシンセザイザーのベース音から始まる『unitbath』に流れ込む。彼女の歌う一言ひとことがシャボン玉のように宙に浮かび、フロア高くで儚く消えた。感情の細部を丁寧にすくい上げたような吐息交じりの歌声には、発せられる言葉以上の説得性がある。聴き手の想像力を刺激する断片的な歌詞と、そこにストーリー性を持たせるように流れる音は、会場をドラマチックな雰囲気に変えた。続く『rinse in shampoo』は、Emeraldのメンバーがリミックスをした特別バージョンで披露された。「自分たちのアレンジよりかっこよくて少しへこんだ」とハニカミながら語る根津からは、Emeraldに対する敬意と、今日同じ舞台に立てなかったことに対する物悲しさが滲む。
セットリストも終盤、フロアは観客の心情を反映させるように熱を帯びているのが分かった。そんな中演奏された『Red』では熱気を帯びた空気の中に、彼女は優しく言葉を溶かしていく。漂う空気に含まれた思いはオレンジ色の照明に照らされ、ラストナンバー『circus』へ。危うい世界観を持つ歌詞を、落ち着きのあるダンスチューンで鳴らす。サーカスという一般的に楽しさを想起させる言葉から広がる世界は、生きていく中で誰しも感じているであろう行き場のない不安。それでも根津は悲観的な感情を取り払うように、自らに言い聞かせるように力強い声で歌い、美しいクライマックスを演出する。そこには映画のエンドロールのような後味があった。
☆rince in shampoo(LIVE @2018.02.11 shibuya HOME)
最後に登場したのはEpisode。Vo. 井上はバンド名を名乗ると、メンバーの三好が体調不良により参加できないことを観客に伝える。2人編成に対するこちら側の不安をよそに、1曲目に演奏された『Ugly (But)』はそんな邪念を掻き消す圧倒的なパフォーマンスであった。本能的な雄叫びにも聴こえる、高音域のファルセットで並べられた言葉。不規則でありながら整然とした音の配列は、機械音から生み出されたとは思えないほどアコースティックに響き、独特な浮遊感を持つ歌声が楽曲と付かず離れずの絶妙な距離感を保っていた。「天使にだってなれるんだ」という歌い出しから始まった『Bubbles』は、意外性をもって観客に届く。彼らの実験的かつ複雑性を持った音楽に対し、歌詞はそこに似つかわしくないほど愛らしい。打ち込まれた、うねるようなスラップのビートは聴き手の心拍数を上げ、ダイナミックなモーションでパワフルに打ち鳴らされるドラムは、視覚的なアプローチで曲の躍動感に拍車をかけた。最後の音が鳴り止み、曲の余韻を噛みしめる為に用意されたかのように、会場は暗転。ざらざらとしたノイズ音の中にぼんやりとした鍵盤の音が一定の間隔で落とされていく。ゆったりとしたタイム感で演奏される『ずっとお部屋で暮らしてる』は、曲にぴったりと似合う青のライトに照らされ、曲の実像をぼんやりと映し出した。そうかと思えば、力のこもったギターのカッティングで急速にギアを上げ、今までの余韻を完全に振り払うような疾走感をもって新曲へ。会場の熱気を一気に沸点まで押し上げると、続く『Slackers』では、抜群なメロディーラインと緩急のある展開であざといほどに観客を翻弄する。
民族的な打楽器のビートに合わせ、ステージに向け手拍子が送られる。そんな「セッション」から始まった『Gold,Drums and Ecstasy』に、観客たちは思わず笑みをこぼし、身体全身を使って音に反応する。内に秘めた感情を吐き出すような歌は観客の理性のスイッチを次々とオフにしていった。井上は全身全霊のパフォーマンスに声を枯らしながらも、ゆっくりと息を整える。「10周年、おめでとうございます。そして、Emeraldまた是非やりましょう。」短いながらも最後にふさわしいMCを終えると、『Oll Korrect』をプレイ。ステージを去った彼らへ向けられた鳴り止まない拍手の音が、アニバーサリーイベントを締めくくった。
☆slackers(LIVE @2018.02.11 shibuya HOME)
観客はステージが終わる転換のタイミングで思い思いの感想を口にしながら、バーカウンター横に設置された各バンドの投げ銭ボックスにお金を入れていく。ある種、シビアな一面もあると同時に、そこに投げ込まれたお金の価値は金額の大小を超えてアーティストにとって大きな励みになるはずだ。そこには物質的なお金としての価値以上に、アーティストの放つ音楽に対する共感や賛美の思いがきちんと詰め込まれていた。
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