大阪出身のシンガーソングライター、山口華穂は、バラードからロックまで幅広い楽曲を歌い分ける表現者である。大阪と東京を拠点に年間100本以上のライブを重ね、身体性を伴った歌の説得力を培ってきた。
2024年に6曲入りのEP『a piece of』を発表。2025年には、さらにEPを2タイトル、初アルバム『POP ROCK』、そしてシングル「カタルシス」をリリース。2026年5月1日には「カタルシス」も収録されたEP『SINGularity』を発表している。このようなハイペースでのリリースと年間100本以上のライブから、音楽と正面から向き合う濃密な日々を送っていることが想像できる。
ピアノの和音とともに、最初は弾き語りのように始まる「カタルシス」は、厳かな空気をまとったミディアムチューン。途中から打ち込みの音が入っていくが、リズムは前景化せず、ひたひたと押し寄せるように進む。繊細な音が重なり広がり、徐々にエネルギーを蓄積していくようにスケールアップしていく。また、段階的にそれぞれの音の圧を高めていくことで、聴き手の感覚を内側から押し広げていく。この“解放の遅延”が、聴く者を楽曲に没入させる環境を作り出していく。
メロディーはフレーズの重なりと反復が印象的だ。ニュアンスを変えながら繰り返されることで、繊細な感情の層が1枚1枚、厚くなっていく感覚を覚える。シンプルな構造の中に微細な変化を仕込むことで、持続的な緊張感を生み出している。
子音のアタックと母音の抜き――輪郭と余韻で描く感情の機微
山口の声質はややドライで、装飾を抑えた直線的な響きを持ちながら、内側で空気がうねるような強い鳴りを感じさせる。声を発していない部分で鳴っている別の声が、露わになってくるのだ。この発声は、ともすれば母音がこもりがちだが、中低音域でも最後までしっかり母音を押し出し、言葉をしっかり届けている。また、ブレスを多く含み、一音の中でもわずかな揺れを残すことで、感情が整いきる前の状態をそのまま提示している。さらに特徴的なのは、フレーズの入りと語尾の処理。入りは、子音を立て言葉の輪郭を明確にしている。一方で語尾では、声を強く張り続けず、少し抜きながら母音を流す。この“入りはタイトに、終わりはほどく”というコントロールによって、フレーズに自然な抑揚が生まれている。また、ロングトーンでは、途中でわずかに息を混ぜたり、音の芯を細くしたりすることで、感情表現をしている。
歌詞は一貫して、自己との対話と現実との距離感を描いている。<大丈夫じゃないの基準はないじゃない>というフレーズに象徴されるように、一般化された慰めの言葉をそのまま受け取らず、疑問として内側に残す。 “宙に浮いたままの感情”がそのまま提示されている。注目したいのは、<果てしない空><果てしない海><果てしない大地>と、到達不可能な広がりを示しながら、「羽もない体」「ヒレもない体」「靴もない裸足」と、制限のある身体と対比しているところ。この“行けないことを知っている前提で、それでも先を見てしまう”構図が、楽曲全体の感情のベクトルを決定づけている。単なる希望ではなく、限界を自覚した上での微かな期待が繰り返し提示されている点に、この曲のリアリティがある。
文・伊藤亜希
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