歌を歌として扱わない構造ーー神奈川発・閻魔此れ虚「異邦人」に宿る異質な手触り

歌を歌として扱わない構造ーー神奈川発・閻魔此れ虚「異邦人」に宿る異質な手触り

2026/04/22

神奈川発の閻魔此れ虚(エンマコレキヨ)。“円都ブギウギ裏通り、チキチキ奇々怪々夜行ヒミツ倶楽部”をプロフィールに掲げる、2人組のオルタナティブバンドだ。メンバーは松永知希(Vo./Gt.)と渡部広大(Ba.)。バンドの公式Xへの初投稿は2025年2月のイベント出演告知のリポストで、既にこの時点で活動が本格化していたことがうかがえる。2025年5月5日に初音源となる1stシングル「白色心中」(「water」「街を眺めて」の3曲入り)をリリース。同年11月には『百々目鬼(Live 2025)』を発表している。ジャケットのデザインや、2作目がライブ音源である点からも、戦略性を含んだプロデュース感覚の高さが見て取れる。加えて、随所にヴィンテージ感を宿しながらも古臭さに寄らないバランス感覚に、クリエイティヴの精度が表れている。  

2026年1月に配信がスタートした「異邦人」。Eggsでも3月24日に公開された。歪さをあえて残し、その不完全さに喪失感を滲ませるサウンドスケープ、ボーカル松永の独特の歌い回し、徐々に沈殿していくような音像が閻魔此れ虚の持ち味だが、「異邦人」は、そこからシティポップ的な軽やかさへと接続するような1曲として位置づけられる。彼らからの令和シティポップという曖昧な概念への答えとも受け取れる。他の楽曲に比べてメロディーは明確で軽やか。しかし、その中で異質な手触りを生み出しているのが松永のボーカルだ。<転ばないように歩く裸足/ハイカラの街を流している時に>というフレーズでは、「裸足」を高音域のファルセット気味の弱音で引き伸ばし、その直後に声音を切り替えて低音域で「ハイカラ」と落とす。音域と発音の切り替えを瞬間的に行いながらも、フレーズの流れは途切れない。この連続性が、ボーカルの自由度と制御の両立を示している。フレーズ密度が高まる箇所では、昭和フォークを想起させるような抑揚の付け方も見せる。グルーヴを維持したまま言葉の前後関係を揺らす処理も、前述の質感のズレに接続している。さらに本作では、旋律としてのラインをあえて手放し、メロディーを保持しない発話的なパートが挿入される。この“歌にしない”選択が、リズムと音像の隙間に直接言葉を差し込む形となり、楽曲の重心を一時的に解体する効果をもたらす。  

サウンドメイクも、ルーズなグルーヴを軸に、キックは輪郭を立てすぎず低域に沈み込み、スネアやハットが間を埋めることで、揺らぎを内包した循環を生む。どこか不完全でありながら破綻しないルーズさが、この楽曲の心地よさと軽やかさに繋がっている。 

世間に帰属しないまま肯定するーー“異邦人”という立ち位置の受容

歌詞は「しみったれた生活」や「誇れるものはない」「ここよりは良い」といった現状を相対化する視点から出発しながら、「異邦人」としての立場を引き受ける。そして最終的には<ベイビーブルーマイライフ>と着地することで、完全な絶望には落とさない。退廃や虚無を美化せず肯定する視線は、均質化が進むシーンの中で、粗さを保ったまま存在することの強度を提示している。整理されない現実を引き受ける態度が、そのまま音として鳴っている。 

文・伊藤亜希


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