東京、神奈川を中心に活動するシンガーソングライター、三日月ボク。2025年9月に現在の名義へ改名。大学時代から自身の音楽活動と並行してバックコーラスとしても活動し、『ミュージックステーション』などへの出演経験を持つ実力派だ。
そんな彼女の「440」を聴いて真っ先に心をつかまれるのは、その歌声である。
三日月ボクの密度の高い歌声は、骨太なメロディーを大地のような土台とし、聴き手の胸へ真っすぐ迫ってくる。サビでは感情を大きく解き放ちながらも、決して声が乱れることはない。高音域まで厚みを保ったまま伸びる歌声は迫力に満ち、それでいて一つひとつの言葉を鮮明に届けていく。ブレスの位置やフレーズごとの強弱まで計算されていると思わせる歌唱スタイルは、バックコーラスとして培ってきた経験に裏打ちされたものだろう。その確かな技術が、感情を勢い任せに終わらせず、一つひとつの言葉へ確かな重みを与えている。
この歌声に負けない骨太なメロディーにも触れたい。軽快に駆け抜ける構成ではなく、一音一音が力強く響き、三日月ボクが発する言葉を受け止めながら前へ進んでいく。そのどっしりとしたメロディーラインが、ボーカルの力強さをさらに際立たせ、「440」という楽曲全体の揺るぎない芯となっている。
善悪では割り切れない感情――鋭い言葉が映し出す関係性
だからこそ、歌詞がより深く響く。
冒頭の〈君はただのクラッシャー〉という強烈な一節から、この曲は始まる。しかし描かれているのは、相手だけを責める物語ではない。〈全て僕のせいにして〉〈君に壊れた僕〉という言葉が続くことで、互いに傷つけ、依存し合う複雑な関係性が浮かび上がる。終盤の〈人間のフリとか〉〈君はきっと誰も/愛することができない〉という言葉も、相手へ向けた言葉であると同時に、自分自身へ突きつけた告白にも聞こえる。こうした善悪では割り切れない感情を、独特な言葉選びで描き出している点が印象的だ。
また、〈ぎゅっと〉〈すっと〉〈もっと〉〈ずっと〉といった短い副詞を繰り返すことで、歌詞に独特のリズムが生まれている。どれも口にした瞬間に音が前へ転がる。この語感の響きと推進力が、楽曲のキャッチーさにもつながっている。
「440」は、歌詞だけでも、メロディーだけでも成立しない。中低音を軸にした迫力ある歌声、骨太なメロディー、そして痛みをえぐるような言葉が重なることで初めて完成する楽曲だ。三日月ボクというシンガーソングライターの最大の武器が「歌」であることを、改めて実感させる1曲だ。
文・伊藤亜希
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