Text:飛内将大
初めてゆでたまごで曲を作ったのは大学一年の時だった。
僕にとって唯一無二のパーカッション・ゆでたまご。茹で上がるまでの卵の躍動、茹で上がった卵だけが許されるキッチンでの高速スピン音、悩ましげにひび割れる殻の音。
抑えきれない この想い 焦る心どうだい、音楽だろう?
しかし、10年ほど前からだった。ゆでたまごの殻が上手く剥けなくなった。最強にして、最恐の敵・ゆでたまご。募る焦燥、葛藤。
キミを信じたい、信じたいんだ。
硬い殻に閉じ籠り下界との一切を遮断、内なる己との対話、涙と血の滲む肉体改造、、、などは特に一切することなく、でこぼこのゆでたまごを喉に詰まらせながら音楽制作に励み、悠々自適に生きてきた。
そして今年2017年吉日、agehaspringsに所属して10年目の僕は、ついにゆでたまごをツルリと剥くことが出来たのだ。この長い戦いに終止符を打ったのだ。
僕もこのゆでたまごと同じように、一皮剥けたということだろうか。
いや、関係ないだろう。
高校時代まで青森・むつ市で過ごしていた僕は、風の噂で「パソコンで音楽が作れる」ということは聞いたことがあったものの、当時抱えていた田舎者特有の、『都会的なものへの憧れと恐れの葛藤』からか、なにかとてつもなく高いハードルを感じ、踏み出すことが出来ず、上京するまではカセットレコーダーやマルチトラックレコーダー(MTR)という音を重ねる機械を使って曲を作っていた。兎にも角にも、僕はこの「音を重ねる」という行為がたまらなく好きだった。
大抵の音楽というものは、いろいろな楽器の音が重なって出来ている。例えば一般的なロックバンドなら『ドラム、ベース、ギター、ボーカル』の音が重なることで、ひとつの楽曲が成り立っている。もちろんその組み合わせには決まりなんかなくて、作り手が自由に音を選び、レコーディングやサンプリング=素材集めをして構築していく。
ここで音を重ねる面白さに目覚めるであろう、この曲を紹介したい。
Nirvana vs Rick Astley 『Never Gonna Give Your Teen Spirit up』原曲Nirvana「Smells Like Teen Spirit」とRick Astley「Never Gonna Give You Up」をマッシュアップ(合体)させた、原曲を知っていたら思わずゆでたまごを吹き出さずにはいられない曲。音を重ねるということはこんなにも魅力的なのだ。
高校を卒業し音楽大学に入り、同じ志を持った若人達との情報交換の中で、どうやらパソコンがあればもっと自由にたくさん音を重ねられて、より高い完成度で音楽が仕上げられると知り、DTM機材を揃えた。当時からAppleのノートパソコンとAbleton LiveというDAWソフトを使っている。
それからというもの、僕は自由を手にした音の変態と化し、狂ったように音を録音しては重ねていった。
楽器はもちろん、小鳥のさえずり、海のざわめき、川のせせらぎ、隣の家の老夫婦の口論、ありとあらゆるメーカーの便器の流水音まで(やはりTOTOは便器界のGibson)、世の中の音という音すべてを楽器にしたかった。そしてゆでたまごの曲も生まれた。
世界にはサンプリングに取り憑かれたサンプリング狂が多数存在する。サンプリング共和国が作れるほどに。その国の代表に僕はAkufenを推したい。2002年に発表されたアルバム「My Way」に「Deck The House」というキラーチューンがある。
Akufen『Deck The House』細切れに飛び交う音素材がいつの間にかグルーヴの渦となり、気がつけば踊り狂っている。そしてこの縦横無尽な音たち、なんと“みじん切り”にしたラジオの音なのだ。確かによく聞くとラジオのMCっぽい声が聞こえてくる。
またAkufenは日本のテレビCMをサンプリングした「JPTV」という曲も作っている。聞き覚えのあるフレーズたちがまるで走馬灯のように駆け巡る。(Sound Cloudでぜひチェックしてみて欲しい)
有名どころで上げるなら、björkによる映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のサウンドトラックは非常に美しい。汽車が走る音から生まれる無機質な息遣いのような独特のリズムにオーケストラ、そして“オトナあどけない”björkの歌が絡み合う絶品。
björk『I've Seen It All』人より大幅に長い、現在も継続中の青春時代のなか、こういった楽曲からの影響を受けながら音遊びに没頭してきたおかげで、J-POPを作る上でも普通は使わないような音も躊躇なく柔軟に取り入れることができるようになった。
言わばサンプリングは、僕の音楽生活に欠かせない、かけがえのないペットのようなもの。よしよし、サンプリングよ。お座り。
例えば、机を紙で擦った音をパーカッションとして使っていたり。
Aimer『星の消えた夜に』【Listen♪】
おもちゃの電話の音を加工したものを効果音として多用していたりする。
元気ロケッツ『I will』【Listen♪】
日常に溢れるなんてことない音も、ゆでたまごも、別の角度から向き合うと音楽の一部に、主役にだってなれる可能性を秘めた原石なのだ。
これからも豚の吐息だろうが、事務所の先輩のありがたいお言葉だろうが、容赦なくサンプリングしていきたい。
そして今日も僕はゆでたまごを茹でる。
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