Text:agehasprings Open Lab.
photo:保井崇志 @_tuck4 (Instagram / Twitter)
『音楽好きの、音楽好きによる、音楽好きのためのイベント』
そう説明されたら、あなたは一体どんなイベントを想像するだろうか。きっとほとんどの方は、LIVEイベントであるとか、クラブイベントであるとか、あるいは音楽フェスなどを想像するのではないだろうか?
しかし今回、私がこの場を借りてレポートをするのは、前述したような、いわゆる「表に出る側であるミュージシャンやアーティスト」がステージに立ち、パフォーマンスをする類いのイベントではない。むしろそれとは真逆。普段は裏方に徹し、表に出るアーティストやミュージシャンをプロデュースしたり、サポートしたり、楽曲を提供したりする。そんな音楽クリエイター達が満を持して表舞台に立ち、その熟練した知識や技術、あるいは話術を、ある意味LIVEパフォーマンスに比肩する強度のエンタテインメントに昇華し披露する。そんな既存の概念を根底から覆すイベントを、今回はレポートしていこう。
当イベントは、12/9(土)に3331 Arts Chiyodaにて開催された。イベント名は『agehasprings Open Lab.』。そう、私がPRスタッフとして働いているクリエイターズラボ・agehasprings主催のクリエイターズイベントである。
「何だよ、テメェの会社のイベントかよ!」と思ったあなた。とりあえず、ぶっちゃけそれはまさにそうなのだが、手前味噌ながらかなりの神イベントだったので、今私に投げようとしている石を、とりあえずは一回置いてこのレポートを読み進めてほしい。
photo:山元裕人
まずは、この『Open Lab.』というイベント。今回が2度目の開催となるわけだが、第1弾は今年の6月に京都で開催されたOKAZAKI LOOPSの中のプログラムの1つとして開催された。内容はというと、プロデュースを手掛けた公演『agehasprings produce《node_vol.1》 featuring Aimer × LOOPS strings』に紐づけ、このライブがどういうコンセプトの下に作られ、どういった工程があったのかを軸に、agehasprings所属のプロデューサー陣のおそらく一般的には知られざる部分であろう、仕事のアレコレをトークセッションスタイルで紐解くものであった。参加したのは音楽プロデューサーの玉井健二(agehasprings CEO)、そして百田留衣、野間康介の3人である。
※上部の写真が前回のイベントの様子だ。
そして、第2弾となる今回は、VECLOSの協力のもと、『agehasprings Open Lab.』のワークショップイベントを開催。そして、その内容は、玉井健二&百田留衣による『公開ボーカルレコーディングワークショップ』!そして、田中隼人による『公開アレンジワークショップ』だ。
双方、普段は決して表に出ることはない、音楽制作が行われるスタジオ内という、極めてクローズドな場でのみ共有される技術。そもそも、裏方の音楽プロデューサーが表に立つこと自体、既に大胆な行為であるにも関わらず、ある意味で社外秘とも言うべき会社のリソース、無形資産を一般公開してしまおうという事態なので、ただごとではないというのはお分かりいただけると思う。というか、そんなもの公開しちゃって弊社大丈夫?マジで大丈夫?
更にはこのイベント、聞いて驚くなかれ、何と“参加費無料”だったのだ。会社のリソースを大盤振る舞いで無料公開してしまったのだ。アレ、弊社マジで大丈夫?明日もちゃんとオフィス残ってる?
さて、『公開ボーカルレコーディング』と一言で言っても、おそらく何のこっちゃなので、まずは実際にイベントが行われた当日の様子を写真で見てもらおう。こちらだ。
あなたは見えるだろうか。写真の左側にあるこれが、まさかのボーカルブースだ。おしゃれ重視で選んだ今回の会場。レコーディング環境としては、全くと言っていいほど適していなかった、環境音が飛び交うコミュニティスペースに、このワークショップのためだけに簡易ボーカルブースを設置。実際に、この設備を組むのに1時間強くらいだったことを覚えている。わずか1時間でこの簡易スタジオが出来上がったのだ。豊臣秀吉の一夜城かよ。
そして、実際に玉井がボーカルダイレクションするにあたってボーカリストを募集。倍率10倍というたくさんの応募の中から、今回玉井が抜擢したのが、このEggsにも登録している女性SSWのMoaさんだったのだ。まさかの巡りあわせ。チャンスは何処に落ちているか分からない。それが今回は此処、Eggsだったわけだ。
そして今回、彼女に歌って貰ったのは、彼女のオリジナル楽曲である「つむぐ。」。オリジナルの音源はこちらだ。
イベント会場にて、この「つむぐ。」という楽曲を玉井があらためてボーカルダイレクションし、百田がレコーディングしている時の様子。実際にイベントに参加した皆様は、未知の世界との遭遇だったであろう。agehaspringsのスタッフでさえも、その多くが実際に見たことがない領域。かく言う私も、この日初めて見た。
例えば、ディスカッション。実際に、歌録りの作業に入る前に、歌い手と玉井による対話が行われるわけだが、このディスカッションの中で歌い手の人となりを洗い出し、その後の歌、楽曲が向かうべき方向を定めていく。
Moaさんがこれまで歌い手として歩んできたバックグラウンドや、音楽との向き合い方などを、まるで親戚の姪と話すようにナチュラルに引き出していく玉井。“その歌い手が歌うべき歌”。それを、100%の精度でパッケージするために、その輪郭をより鮮明に定める為には、必要不可欠な段取りなのであろう。
そして、レコーディングの工程では、例えば立ち位置。「あと10cmマイクに近づいて」という、非常に的確で繊細な指示を出す玉井。この数センチで録れる歌のクオリティがはっきりと変わってくるのだからスゴイ世界だし、その針の穴に糸を通すが如き微妙なズレの修正を、瞬時に見抜ける玉井健二の卓越した感覚もヤバいどころの騒ぎではない。
こうやって、ディスカッション部分も含め、実際のレコーディングよりも遥かにミニマムな、わずか約40分の中で、玉井がボーカルダイレクションしたものを百田がエディット。そして、なんと3時間後の3部で、百田によって、エディットのみならずストリングスのアレンジまで施された、その完成音源が公開されたのだが、実際に音楽制作に従事している人には、これがどれだけ意味不明にタイトなタイム感かお分かりいただけるだろう。それを見事にやってのけたのだから、玉井健二だけではなく百田留衣に関してもヤバいどころの騒ぎではないのだ。
そして、わずか3時間後の第3部で公開された、生まれ変わった「つむぐ。」。単刀直入に言わせてもらうと、ただの奇跡だった。残念ながら、完成形の音源をここにアップすることは叶わないのだが、実際にあの場で聴いた皆様も思ったはずだ。鬼奇跡かよ、と。
少女が自分の部屋で綴る様に口遊んだ内省的な歌が、明日リリースしてラジオでOAされてもおかしくないぐらいの楽曲へと生まれ変わったのだ。これこそ原石を磨き上げる音楽プロデューサーの仕事であり、このイベントの真髄と言っていいだろう。何かすごい場面に立ち会ってしまった感に全語彙力を奪われ、ただただ「すげぇ…」としか言えなかった。
そして、田中隼人によるアレンジ講座では、田中隼人がアレンジを手掛けた今年一番のスマッシュヒット曲を題材として、どういった着想のもと音色を作り上げていったのか。どのような作業があったのか。アレンジが施されていった過程を、Cubaseの画面や譜面をスクリーンに投影しつつ、実際に音を聴かせながら解説。
このアレンジメントの面白いところは、老若男女問わず愛されるようなポップソングでも、出来上がっていく過程を一つ一つ紐解いていくと、思いもよらないテクニックやこだわりが隠れているところであり、そんなアレンジャーの匠の技を実際に目の当たりにしたのだから、こちらのプログラムも只事ではなかった。
今回のアレンジ講座で言えば、某有名曲から発想を得た「サビの“刻むストリングス”アレンジ」や「歌の間を埋めるドラムパターン」など、純粋に曲を聴いているだけでは分からない技術が全編に渡って散りばめられていた。このアレンジという作業は、膨大な知識と熟練の技術によってのみ成り立つ、言わば匠による職人技。日本においてこのアレンジャーの凄さというものが、もっともっと認知されて欲しいと願う。音楽好きにとってはこういった背景を知ることで、音楽の聴き方、楽しみ方が増えるし、このプログラムはまさしくそういった内容だったのではないだろうか。
2017年は『関西発!才能発掘TVマンモスター+』や『今夜、誕生!音楽チャンプ』など、マスメディアでもますます存在感を強めた、見ての通りめちゃめちゃ男前な田中隼人。鬼イケメン。しかし、音楽プロデューサーとして、そしてDJとして、確かなキャリアを積み上げ培ってきたスキルを改めて証明するような、真摯で重厚感のあるプログラムだった。この男、イケメンなだけではない。
長い構想を経て、弊社の新プロジェクトとして今年からいよいよスタートした『agehasprings Open Lab.』。(実は、このEggsさんでのコラム連載もその一環。)弊社の秘伝のリソースを公開することで、音楽の奥深さを、楽しみ方をもっともっと知ってもらいたいという目的のもとに始まったクリエイターズイベントは、第二回目にして既に多くの賛同者を獲得できたイベントだったが、まだ始まったばかり。更なる充実した内容を目指し、これからも定期的に開催する予定だ。何なら全国ツアーみたいな話も妄想ベースではあるが出ていたりする。
既にクリエイターの道を歩み出した人にとっては、次の扉を開ける為の鍵となり、純粋に音楽が好きなリスナーの人にとっては、新たな世界に飛び込む為の扉となるような【agehasprings Open Lab.】。次回開催の際は、是非迷わず足を運んでほしいと思う。きっとあなたの人生にとって、音楽が更に大切なものになるに違いない。
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