さて今年も早いもので、もう6月。来たる今年の夏に催される各夏フェスのラインナップも既に出揃い、早くもワクワクしている方も多いことだろう。Kendrick LamarやChance the Rapperなど、音楽シーンだけではなく現行のポップカルチャーシーンをも牽引する超強力なアクト達が来日する今年の夏は、おそらく日本の音楽シーンにとっても特別な年になるに違いない。
そして、そんな夏フェスに先駆けて、泣く子も黙る鬼オシャレタウン・青山にて、あまりにも特殊な音楽フェスが開催された。地下に作られたウッド調の厳かなホールで、よそ行きの服を着たオーディエンス達が、着席した状態で一心不乱にメモを取る、少しだけ儀式めいたフェスが5月27日、青山学院アスタジオで開催された。
※以降、便宜上「メモフェス」と呼称することにする。
夏っぽさもフェスっぽさも皆無である、件の“メモフェス”の正体とは、そう、agehaspringsがプロデュースするクリエイターズイベント『agehasprings Open Lab. vol.2』だ。
私による久しぶりの投稿となる今回のコラムは、このメモフェスのイベントレポートだ。
二回目の開催となる今回の『Open Lab.』。内容としては、前回に引き続き、agehasprings代表の音楽プロデューサー・玉井健二、百田留衣による【公開ボーカルレコーディングワークショップ】、そして飛内将大による【公開アレンジワークショップ】だ。
前回も行ってないし、なんだかよくわからないという方は、前回のレポートもEggsにてアップされているので、併せて是非チェックしてみてほしい。
<agehasprings Open Lab.>イベントレポート
https://eggs.mu/music/article/6813
さて、二回目の実施となる【公開ボーカルレコーディングワークショップ】。今回の参加ボーカリストは、ここ新人・インディーズアーティスト支援プロジェクト・Eggsにて募集。
なんと、前回の8倍ものエントリーがあり、その中から選ばれた24歳のSSW・富田拓志君に参加ボーカリストとして出演していただいた。本筋のレポートからは若干逸れるが、この富田君。幼さの残る端正な顔立ちに、シュッとしたスタイル、身長も良い感じに高い。また内省的な雰囲気が漂う佇まいは、どこか寂し気な空気感を醸し出しており、完全にモテるタイプだ。この野郎!
玉井がまず富田君と行ったことは、前回同様ディスカッション。彼のパーソナルな文脈や音楽ルーツ、音楽との向き合い方、築いていきたいアーティスト像などを、ユーモアを交えながら紐解き、ダイレクションの方向を定めていく。一見何気ない世間話のようだが、このやりとりで丁寧に掘り起こしていく“根っこ”こそが、最も重要であると玉井は言う。
そして、いざレコーディング。今回、玉井がボーカルダイレクションをおこなうのは彼のオリジナル曲「十二月の風」。ピアノでの弾き語りによる内省的なフィーリングのバラードだ。
ボーカルダイレクションを受けること自体が初めてだという富田君。緊張で堅くなっている彼を、玉井は的確な指示でほぐしていく。前回のワークショップ参加ボーカリスト・moaさんへのボーカルダイレクションは、内に向いていた彼女の魅力や癖を外に向けさせ、拡張・増大させていくという作業だったが、今回、富田君に施したダイレクションは、彼特有のエモーショナルな歌い方の、まさにエモーションの部分をコントロールし、整えていく作業。抑えるべきところは徹底的に抑え、出すところは大袈裟なほどに出す。更に楽曲における肝であるサビは、感情をあえて無くして歌うなど、今回ももれなく目から鱗が落ちまくった。私が魚なら美味しく調理できる状態になったわけである。どんな喩え?
その後、あえて癖を一旦完全に抜き、フラットにした箇所にあらためて癖を付けていく作業を行い、ボーカルダイレクションは終了。これから百田がエディット・トリートメントに入るわけだが、この時点で既に聴いてすぐわかるレベルで彼の歌い方自体が全く違っている。その衝撃に会場はただただ圧倒されていた。
そして、第二部は飛内将大による【公開アレンジワークショップ】。こちらも私的にかなりヤバい内容だった。終始淡々とした語り口で自身の音楽ルーツやキャリアを紐解き、作曲方法やアレンジの過程を明かしていく飛内。終始朗らかな空気が溢れていた、前回のハヤヤ a.k.a. 田中隼人によるアレンジワークショップとは一転、厳かな空気すら漂う本プログラム。しかしながら、私が感じていたのは、飛内将大という人間の音楽に対する異常なまでのストイックな狂気。飛内本人があまりにもサラッと言うものだから、事の重大さに気付きにくかったが、この飛内という男、やはりかなりヤバい。
そのヤバさが端的に表れていたのが、若き日の楽曲制作にまつわるエピソードで「1日にアルバムを1枚作るということをノルマに、ひたすら曲を作っている時期があった」という話。おそらく自身が作曲をしている人は完全に引いていただろう。私も結構引いた。ストイック過ぎる。僧かよ。常人の理解の範疇の遥か遠くにいる飛内将大の、楽曲制作に対する狂気を垣間見た気がした。
そして、その狂気の最たるものが「現在の楽曲のストックが9500曲以上はある」という事実。数が多過ぎて皆ピンと来ていなかったが、よくよく考えると意味不明な数字である。
作曲に関しては、散歩や長風呂など、日々のルーティーンの中でふと思いつき、それをその場でボイスレコーダーに録音するという、いわゆる「降ってくるタイプ」の作家だと判明。こういう言い方をすると天才肌の作家だという印象があるが、完全に経験則によるものだと私は思う。これまでひたすらストイックに楽曲を作ってきた飛内。自然と自身の中に蓄積してきた膨大な知識や経験、それを引き出すトリガーとなっているのが、前述したような日々のルーティーンなのではないだろうか。
狂気と経験と飽くなき情熱に裏打ちされた飛内将大のワークショップ。実際に音楽を作っている方も作ってない方も、初心に帰るような身が締まる思いのプログラムであった。
そして、第三部『公開ボーカルレコーディングワークショップ(後半)』にて再び登場した玉井と百田。ここで第一部にボーカルダイレクションを施したものと、施す前のものとを聴き比べていく。
もはや、スゴイものが来るのが分かっていて、絶対に驚くまいとそれを万全の態勢で待ち構えているのだが、そんなハードルを易々と超えてくる音源が公開されるのが、この公開ボーカルダイレクションの後半で、今回もそんなハードルを易々と超えてきた。
驚いたのが、圧倒的な歌詞の聴き取り易さ。鼻にかかったような独特の歌い回しで、言葉というよりも雰囲気で何かを伝えるような彼の歌は、玉井の言葉の頭を強くすることや、感情を抜くことなどのディレクションによって、しっかりと言葉で伝える歌に生まれ変わっていた。マジかよ。これがプロのボーカルダイレクションか。分かってはいたものの、予想を遥かに上回る衝撃。思わず「あ~!水素の音~!」と叫びそうになった。
そして、エディット・トリートメント作業で職人魂に思わず火がついてしまった百田が、ドラムやアコギ、ストリングスを加えたアレンジ音源を追加で公開。LIVEでより多くの人に届けることを目的に作られたボーカルダイレクション後の音源とは一転。「もし、これを売るとしたら」と仮定して制作されたアレンジ後の音源は、まさにリリースされた音源そのものといったクオリティで、配信されていたらその場で買うレベルだ。
一人のシンガーソングライターのパーソナルな楽曲が、プロの音楽プロデューサーのボーカルダイレクションを受けて、みんなの歌へと変わっていく過程が描かれた、今回の【公開ボーカルレコーディングワークショップ】。音楽プロデューサーの手腕の最たるものがここにあった。
毎回こんなところまで見せてもいいのか?と不安になる程に、リソースを大盤振る舞いするメモフェスこと『agehasprings Open Lab.』。普通のLIVEで感じる、「体験」としての感動ではない、「解る」という感動がここにはある。
なお、次回の『agehasprings Open Lab.』は、6月23日に『京都岡崎音楽祭 OKAZAKI LOOPS 2018』にてトークセッションイベントを開催。
同日にagehaspringsがプロデュースを手掛け、阿部真央、家入レオ、Aimerらが京都市交響楽団とともに共演する公演『agehasprings produce《node_vol.2》』の制作背景や、今後のライブエンタテインメントについて語る内容となっており、またしても料金は無料だ。参加はagehasprings Open Lab.オフィシャルサイトから。