Text:agehasprings Open Lab.
さて、前回の記事にて「そもそも、人間というのは“心音”というビートの上で生き、そのビートと共に死んでいく。そう、人間は言ってしまえば全身がリズムマシーンなのである。」という大胆な言及をしたわけだが、これがあながち的外れでもない。
人が生まれながらのリズムマシーンである理由の一つとして、ラトガーズ大学の認知科学者であるKarin Stromswold氏が「人間に『リズム』が根付く理由の1つには、胎児期に母親の心臓の鼓動や母親の声が聞こえているため、低音を聴き取る脳の領域がごく早い段階で発達する」と主張している。何ということだろう。“生まれながら”ではなく、むしろ“生まれる前”からリズムマシーンとしての素養が人には備わっていたのだ。
また、音域の中でも特に低音域を好む趣向の人が多いのも、前述のそれと同じく母親の胎内で聴いていた心音が低音のビートであったことの名残のようで、確かに低音を強調するヘッドフォンのシリーズは多々あるが、高音だけを強調するような仕様のヘッドフォンは中々お目にかからない。
“楽器を使わず、人体のみを使ってビートを作り出す”という技術の最たるものであるヒューマンビートボックスも多岐に渡る進化を遂げていて、我々がテレビなどでよく見るリズムセクションを再現したボイスパーカッションに加え、強靭な低音のワブルベースが魅力の、EDMのジャンルであるダブステップさえも再現するプレイヤーが多数存在している。人体だけを使った技術が、ドラムの人力のビートを超えて、打ち込みによるデジタルな機械によるビートの領域まで到達しているのは、まさに人が生まれながらのリズムマシーンたることの証明とは言えないだろうか。
また、日本で言えば故・島木譲二氏による十八番ネタの「大阪名物パチパチパンチ」や、平成ノブシコブシ・吉村氏の十八番ネタである「脇だけで楽曲を演奏するネタ」なども、自らの体を打楽器的に扱うことによってビートを生み出す技術の1つと言える。こういった類の「音芸」が、ある意味での“古典”として老若男女から幅広く人気を集められるのも、我々の遺伝子にリズムマシーンとしての本能が刻まれているからではないだろうか。人体をパーカッションにするグループ・Tummy Talkのパフォーマンスが以前SNSでシェアされバズったことからも、その感覚がしっかりと現代にも受け継がれていることを証明している。
さて、今回の音楽解体新書「リズム、ビートの場合・後編」は、前回紹介できなかった2組のミュージシャンを、割と真面目にレコメンドしていこう。ちなみに冒頭から長々と話してきたビートの類の話は、今後一切関係ないのでご了承ください。
2015年4月に結成された男女混成の3ピースバンド・austines。現在は3人編成だが、結成当初は5ピースバンドで、いわゆる2015年以降の“シティポップ・リバイバル”の文脈の地続きにある、アーバンでダンサブルなサウンドを体現していた彼ら。しかし、メンバーの脱退により、今の編成になって以降、バンド名を全て小文字に改めると共に、サウンドの方向性も刷新。それまでのアーバンなフィールは完全に鳴りを潜め、代わりにAORやアコースティック感が強い牧歌的なサウンドに方向転換した。このバンド名のマイナーチェンジや、ダンサブルからフォーキーへのサウンド変遷は、人気エモバンド・Panic! At The Discoが1stアルバム『A Fever You Can’t Sweat Out』でダンサブル・エモの金字塔を打ち立てた後、バンド名の「!」を外しPanic At The Discoとなり、それに併せてサウンドが変化、サイケデリック且つフォーキーなインディーポップの2ndアルバム『Pretty. Odd.』をリリースした際のことを彷彿とさせるが、これに関しては分かる人だけ分かってくれればいい。
さて、ビートの話に戻そう。Eggsにアップされている「room(Demo)」は、2017年にヒットチャートを席巻した、Trap特有の高速ハイハットをエレクトロニカ色の強いサウンドに持ち込んだプロダクションで、2018年になって台頭し始めた“Trapのビートとサンプリングやウワモノが共存したサウンド”である、ポスト・トラップの文脈にも共振している。アメリカと違い、まだまだTrapが市民権を得ていない日本では馴染みの薄い、このハイハットのビート。しかし、彼らを始め、若手のミュージシャン達は、既にTrapのマナーを取り入れた楽曲を積極的に制作・発表しているというのも事実。昨年大ヒットした、DAOKO × 米津玄師『打上花火』のメロで鳴っているハイハットも、実はこのTrapをルーツに持つビートだ。
Trapのビートを含め、現行の海外シーンのトレンドを果敢に取り入れる新鋭達の胎動は、2018年になって更なる胎動を見せている。日本だけでなく世界に目を向けた、こういったアティチュードがしっかりと日の目を見られるかどうか。そこにこそ、2018年の日本のシーンの鍵があるのではないだろうか。
austines「awa」最後に、余談にはなるが、現在の体制になってVo.をとり始めたKey.の深澤希実 が超可愛いということだけ言わせてほしい。彼女がメインボーカルをとった新曲「awa」のMusic Videoのあざとさたるや、である。
2015年に都内で結成された5ピース・UCURARIP は、ゆったりとしたグルーヴにアダルティーなフィール、気怠げなボーカルなど、夜の都会を想起させるようなメロウネスが魅力の大人ポップバンドだ。前述したaustines同様、Awesome City ClubやSuchmos、雨のパレードら、ブラックミュージックのマナーをバンドのフォーマットに取り入れた“シティポップ・リバイバル”の地続きに位置してはいるが、彼らのサウンドはどちらかと言えば、ceroやbonobos、Emeraldら、Robert Glasperをルーツに持つネオソウル色がとりわけ強いプロダクションになっている。それでいて、昭和の歌謡曲を想起させるようなメロディーラインはおそらく彼らのこだわりなのだろう。
そんな彼らのサウンドを支えるビートはというと、実にブラックミュージック的で、グッとレイドバックさせたグルーヴィーなものになっている。この手のサウンド自体は、2015年の「シティポップ・リバイバル」着火点以降、数えきれない程のバンドが台頭し、既にやり尽くされていて、シーン全体が若干食傷気味であることは否定できないが、彼らのプロダクションはサウンドよりも「歌」にかなり重きが置かれている印象だ。オシャレなイメージだけが先行しがちなこのジャンルにおいて、非常にJ-POP的で、他のバンドと明確に一線を画していると言っても過言ではないだろう。
UCURARIP「STAY TUNE」また、YouTubeで公開されている、Suchmosの大ヒット曲『STAY TUNE」のカバーが実に秀逸で、良い意味でオリジナルの色を消していて、持ち前のメロウネスなアレンジによって、新しい聴き心地の『STAY TUNE』に仕上がっている。このカバー曲からも、彼らの技術とセンスの高さを垣間見ることができ、彼らが単なるSuchmosらのフォロワーでは終わらないバンドであろうことを証明している。
前述した通り、オシャレなイメージが先行しがちで、耳当たりの良いBGMとして消費されてしまいがちなこの手のサウンドではあるが、現在ストリーミングサービスの浸透で「個人」のものとして消費される傾向が強くなった音楽が、スマートスピーカーの台頭により、再び「お茶の間」に戻ってこようとしているのも事実。そして、スマートスピーカーの仕様意図や性質上、ユーザーに好まれるのは、アタックの強いカラフルなポップスではなく、おそらく彼らが体現するような耳当たりの良いBGM的なサウンドだろう。その潮流に対してどうコミットしていけるか。彼らのようなベッドルームミュージックを体現するバンドを含め、今後の命題とも言える。
J-POP特有のダイナミックなメロディーラインや、共感に重きを置いた歌詞の世界観など、J-POP最大の魅力であり独自の文法があるが故に、日本ではどうしてもビートやリズムセクションに対する関心が薄くなりがちというのは事実としてある。しかしながら冒頭で前述した通り、我々が好んで聴く楽曲の根幹を支え、尚且つ本質的な部分で人が欲しているのは、このビートやリズムであることは間違いないだろう。
では、最後に最近私が体験した「ビートって面白!」案件を紹介して、このコラムの幕を下ろそうと思う。
FIVE NEW OLD「Stay(Want You Mine)」ポップロックバンド・FIVE NEW OLDの「Stay(Want You Mine)」で、スネアの拍で鳴っている音。実はこれはスネアではなくクラップの音なのだ。ただ、我々が知らず知らずに認識している“楽曲の中でスネアが鳴るタイミング”でこの音が鳴っていて、尚且つ彼らがバンド形態であることから、てっきりスネアの音だと思って聴いてしまう。ちなみに、この技法はMichael Jacksonの「Black or White」で使われている技法のオマージュとのこと。POPSで使われたビートの文法をバンドサウンドに持ち込むアティチュードは実に現代的で、The 1975や雨のパレードなどLIVEにおいてもサンプリングパッドを常用し、デジタルなビートを人力で鳴らすバンドが台頭してきて久しいが、世界的にストリーミングが浸透した今後は更にスタンダード化が進むことだろうと思う。
知れば知るほど面白く、探求すればするほどに深みにハマっていく、この「ビート」。ただ懸念点として、一般的に浸透し最もポピュラーなものとなったmp3という圧縮形式や、ストリーミングサービスの普及により、音楽を聴くデバイスがスマートフォンに移行していること、更には使用するスピーカーやイヤフォンのスペックなど、ドラムやベースなどのビートを形成するリズムセクションが鮮明に認識できない環境が往々にしてある。おそらく、一部の音楽マニアを除いて、ほとんどの人がそういった環境で音楽を聴いているのではないだろうか。
しかしながら、多少の手間を掛ければ、より鮮明でエキサイティングな音楽体験が待っているのも事実。気になる人は、是非この機会にビートを探求してほしい。
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